家屋文鏡に描かれた住居

・・・前回からのつづきです。

ところで、竪穴式住居のかたちはどこからきたのでしょうか。
古墳時代のものとされている「家屋文鏡」(上記画像・奈良県佐味田古墳から出土)には竪穴式住居のようなものが描かれています。

この「家屋文鏡」に描かれた4つの建物をトレースしたものが次の絵です。


※『福井県史』通史編1 原始・古代 より

それぞれ、(2)竪穴式、(3)平屋、(4)高床式、(5)高床式にみえます。
このなかで、(4)の高床式建物だけは屋根の形状が他と異なります。おそらくこれは倉庫です。横に付属した階段(梯子?)には手摺がありません。(5)の高床式建物の階段には手摺があるので、同じ高床式でも異なる用途であると推測できます。

これらの絵を「家屋文鏡」に重ね合わせると次のようになります。

家屋文鏡には樹木も描かれています。
樹木をトレースすると次のようになります。

樹木、デッキ、パラソル(?)などを色づけして強調してみます。

上下、左右の建物にはあきらかに対の関係がみられます。

まずは、左右の建物から見てみます。
左の建物(高床式)は豪華なつくりです。首長の家でしょうか。
建物の横にはデッキがありますが、床の高さとは合っていません。おそらく外から使うものでしょう。集会などに利用されたと考えられます。右の建物(竪穴式)にもデッキがあります。同様の機能でしょうか。
右の建物(竪穴式)はこのなかで、もっとも大きく描かれています。絵の大きさとデッキの記号からは、何らかの意味で特別な建物であると考えられます。
シンボリックなパラソル(?)には、祝祭的な意味や機能があるのかもしれません。

次に、上下の対の建物です。これらは木の間に描かれています。
樹木に囲まれた農民の建物という風にみえます。
下の高床式が倉庫だとすると、上は平屋の住居でしょうか。基礎の上に柱があり、柱の間には壁がつくられています。


・・・もちろんこれらは自由な推測にすぎないわけですが、結論をいえば、ぼくの考えではこの中でもっとも平凡な上の建物(平屋)が当時の人々の典型的な住まいです。おそらく、この「家屋文鏡」に描かれている竪穴式(のようにみえる)建物には何か特別な意味合いが込められています。

ただし、「家屋文鏡」に描かれているのは古墳時代の建物です。弥生時代のものでも縄文時代のものでもありません。


・・・さらにつづきます。
ryukozi
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